投稿日:2008-05-18 Sun
道を歩いていて石仏に出会うと、なんとも言えない安らぎを覚える。路傍の石仏。
車での移動が当たり前になって、田舎道などを歩くということをほとんどしなくなった現代では、路傍に石仏があることなど、気づきさえしなくなっている。
社会人になって早24年が過ぎ、そんな私に石仏の安らぎを思い出させてくれたのは、いつ、どこでだったろうか。
奈良の山の辺の道を歩いていたときだったか、郷土の田舎道を水を汲みに移動している途中だったか、岩船寺や浄瑠璃時のある当野の里で廃寺跡の石仏の群れに出会ったときだったか・・・。
昔は、大きな寺の仏を参ることなどなかなかできなかった地方の庶民にとって、最も身近で仏というものを思わせる存在であり、信仰のよすがであったのではないだろうか。さらに、石仏は旅の友の一里塚の役割を果たしていたり、町を区分ける境界の役割をしていたり、寺の入り口の一休みの場所であったり、人々にとってなくてはならない存在だったのではないだろうか。
そんなことを考えながら、行く先々で出会う石仏たちをこの記録に残して行きたい。
最初は、富山県朝日町の護国寺(富山県下新川郡朝日町境1558)入り口付近のお地蔵様である。

境内に上がる数十段の階段の中腹左脇に、ちょこんと佇んでおられる。
付近を小さな蛇が這っていて、眺めていたら脇の溝にスルスルっと入っていった。
富山県は浄土真宗の盛んな県であるが、ここ護国寺は真言宗高野山派の古刹である。
弘法大師空海が西暦810年(大同年間)に創建したものだという。
いつのころかの戦乱の最中には、京都の教王護国寺(東寺)の宝物などを避難させていたこともあるらしい。
そんな護国寺の石仏をこのブログの出発地点としよう。
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